備前市歴史民俗資料館さんとの巡り合い

 米ニューヨーク州ウッドストックの森に暮らす岡山県出身の作家・小手鞠(こでまり)るいさんが、ふるさとの読者に向けてつづるコラム。このたび小学5年生まで過ごした備前市にゆかりのスポットが誕生。懐かしい思い出とともに紹介してくれました。

備前市歴史民俗資料館さんとの巡り合い

うちの近所の町、キングストンにある本屋さん「ラフ・ドラフト」。本を読みながら、ドラフトビールを飲めるお店。近々「地元の作家・大好きコーナー」に営業に出掛けて、私の本を置いてもらうつもりです。小手鞠るいのアメリカデビュー近し!

 毎年の秋、夫婦で楽しみにしている恒例の日本帰国と岡山への里帰り。今年は、コロナの余波により、実現できるかどうかまだ不透明です。けれど、そんな残念な気持ちを吹き飛ばしてくれるような、とびっきりすてきな出会いがありました。

 みなさん、ご存じでしょうか。備前市東片上にある「備前市歴史民俗資料館」を。ここでは、備前市出身の作家の作品や貴重な写真などが大切に保存されています。備前市出身の作家としては、正宗白鳥、柴田錬三郎、藤原審爾など、そうそうたる顔ぶれがそろっているわけですが、なんとその末席に、この私も加えていただけることに。これはすごいことじゃ! と単純にそう思いました。だって「歴史民俗資料館」ですよ。喜んだものの、しかし一瞬にして、身が引き締まりました。

 聞けば、館のスタッフの同級生の方が私の作品の長年の愛読者でいてくださったことからこの話が発展したようです。持つべきものは、ファンの方々。この場をお借りして、日頃から愛読してくださっている皆さまに、改めて感謝いたします。

 私は1956年3月、備前市にあった万代病院で産声を上げました。満潮になった午前3時に生まれたそうです。誕生の瞬間、父の記憶によると「髪は黒々として、ぺろりと舌なめずりをした」そうです。食いしん坊、ここに生まれる、という感じでしょうか。

 その後、伊部駅の近くにあった祖父母の家、保育園などを経て、伊部小学校に入学。5年生の終わりまで、伊部で暮らしていました。預けられていた祖父母の家には、備前焼のお皿や器やコップなどが「ごろごろ」転がっていました。つまり、備前焼という芸術品が日用品として使われていたのです。なんてぜいたくな日常でしょうか。

 備前市で過ごしていた小学生時代、私は、野山や田んぼを走り回って遊ぶ活発な少女だったようです。その傍ら、祖母が読んで聞かせてくれる絵本に夢中になっていました。「あんたが作家になることができたのは、おばあちゃんのおかげ」というのが母の口癖。でもそれは本当だったと思います。

 懐かしい備前市。私の原点であり、私の原風景である備前市。いつまでも、自然が豊富な芸術村であり続けますように。皆さんもぜひ一度、備前市へおいでんせぇ!

『ある晴れた夏の朝』英語版が完成

 『ある晴れた夏の朝』の英語版『On A Bright Summer Morning』(偕成社刊)。小説家になってからも、抱き続けてきた夢。それは、いつか、私の作品がたとえ一作でも、英語に翻訳されて、アメリカの本屋さんに並ぶこと。実はその夢が今月、かないそうです。皆さん、ぜひ、最寄りの書店さんにご注文くださいませ。英訳者は私の夫です。


編集部 Pick Up

小手鞠るいさんコーナーを赤穂線で訪ねました

 夏の休日、赤穂線に乗って「備前市歴史民俗資料館」を訪ねました。

 最寄り駅は、備前片上駅。「歴史民俗資料館」へは徒歩約5分ほどで到着します。小手鞠さんのコーナーがあるのは2階文芸室。これまでの著書や、特別寄稿エッセイ、備前で撮られた小学生のころの写真、ウッドストックの森の家の写真などゆかりの資料が並びます。小手鞠さんに会いに渡米した際に描かれたという、小手鞠さんのお父さんによる楽しい絵日記も。小手鞠さんの幅広い仕事が垣間見られるファン必見のスポットです。

 同館では8月29日(日)まで「備前怪異シリーズNo・2 呪・祟・忌・祈―消えゆく伝承―」を開催中。地域に伝わる怪異伝承を住民への聞き取りなどを交え紹介しています。夏にぴったりのこわ~い特集展。小手鞠さん探訪と合わせてどうぞ。

 詳しくは☎0869(64)4428同館へ。月曜、祝日の翌日休館。

さりお2021年8月20日号掲載

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