
劇団主宰・介護福祉士 菅原直樹さん
介護する人が時には俳優になって演技をしてみる
演出家の視点で今できることをお願いしてもいい
介護と老いをテーマに演劇の公演とワークショップを行う菅原直樹さんに話を聞きました。

劇作家、演出家、俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。栃木県宇都宮市生まれ。2014年和気町でOiBokkeShiを設立。16年、奈義町に移住。19年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念のもと、演劇公演やワークショップを実施している。
高齢社会の課題を「演劇」というユニークな切り口でアプローチするその活動は、演劇、介護のジャンルを越え、近年多方面から注目を集める。
編集部 介護と演劇がどうつながるのですか。
菅原さん 介護現場では、いかに早く食べてもらうか、いかに早くお風呂に入ってもらうかなどに追われ、効率優先の介護になりがちです。
相手の感情に寄り添う関わり方を考えた時、介護者は俳優になったらいいのではと思いました。常識では間違っていることでも時には受け入れたり、見えないものでも見たふりをしたり…その人の見ている世界を尊重した演技をすると、介護現場が逆にスムーズになることも多いのです。
ワークショップの参加者は認知症の人役と介護者役を交互に演じます。認知症役になって否定されたり失敗を指摘されたりし続けると自分自身を否定された気になることを実感できるのです。
編集部 介護される人の気持ちになってみる?
菅原さん 介護する側・される側の関係になると矢印が一方通行になり、される方がいつもありがとうを言うことになりがちです。人はいろいろな役割を持って生きているのに、認知症になると「何もしなくていい。じっとしてて」と役割を奪われ、自分の家なのに居心地が悪くなります。介護する側が役を作る演出家の視点で今できることを探し、何かお願いしてありがとうを言ってみると、矢印が逆になり、一方通行ではなくなります。
編集部 家族で介護をするときのポイントは?
菅原さん 家族だけで頑張るより第三者を入れるのがお勧めです。家族だけだと遠慮がなくなり、言わなくていいことまで言って傷付け合いますが、お客さんがくると、それぞれがいい息子、いい父を演じ始めたり、普段言えない感謝を伝えたりすることもあります。

編集部 介護職員の時の経験から感じることは?
菅原さん 以前、介護職員として食事介助をしている時に、ある高齢者から「生きていてもしょうがないから食べたくない」と言われて何と言えばいいか分かりませんでした。今なら、その人の楽しみを見つけて「一緒に楽しみましょう」「あなたは大切な人ですよ」と伝えたと思います。
命の次に大切なものは人それぞれ違うし、どんな人生を歩んできたかも別々です。一回諦めた人が「もう少し生きてみようか」と思えるスイッチはどこに隠れているか分かりません。スイッチが入った人は驚くほどの身体能力や認知機能を発揮することがあります。そのスイッチを探し、心や人生と向き合うという意味で、介護はとても創造的で面白い仕事です。
菅原さんのワークショップと奈義町現代美術館のアートを体験できる「ケアとアート(奈義町アート体験ツアー)」を2月26日(日)に開催予定。OiBokkeShiの公演やワークショップの予定は「オイ・ボッケ・シ」で検索を
さりお 2023年1月20日号掲載